昔のトイレ事情

人は他の命を頂いて生きています。物を食べると、当然、排泄しなければなりません。日本では、ガソリンスタンドやコンビニなど、いたるところに用を足せる場所が配備されていて、いざという時も安心ですが、昔のトイレ事情はどうなっていたのでしょうか。古代から13世紀の諸外国の様子を見ていきましょう。

古代ローマでは、上下水道が発達しており、公衆トイレなるものも設置されていて、紀元前33年頃には、その数が1000か所にも上ったそうです。公衆浴場や公衆トイレの排水口、また、一般の共同住宅にも下水道が延びていて、汚水は下水道管を通って川へと流されていました。古代ギリシャでは、トイレという概念は持たず、垂れ流し状態であり、チフスなどの疫病の蔓延もしばしばだったそうです。中世のヨーロッパでは、トイレは発達せず、その代わり、臭いを消すための香水が発達しました。 「中世ヨーロッパの臭いは糞便の臭い」という言葉もあるくらいです。

しかし、排泄行為が恥ずかしいことであるとのキリスト教の教えから、個室トイレが発達し、修道院やお城では、「ベッド数と同じだけのトイレがあることが望ましい」とされましたが、それだけの財力の無い貴族や一般民衆は、「チェンバー・ポット」というおまるを用い、それが満タンになると外へ捨てていたのです。12、13世紀のパリ市内は、道の真ん中に水を流し、そこに汚物を捨てていました。イギリスではごみとして捨てられ、市職員が回収していましたが、多くの市民は「ガルディ・ルー(汚物に気をつけろ)」と叫んで道にぶちまけていたそうです。山高帽をかぶっている紳士は、実はこの汚物を避けるためにかぶっていたというのは有名な話ですね。